関西の文化を考えて,最初に浮かぶのは「食文化」である。大阪に限って言うと,「食い倒れの街」なんて誇らしげに掲げられているくらいだ。
その食文化の代表格とも言うべきものが、お好み焼きやたこ焼きなどの
いわゆる「粉もん文化」である。
「大阪生まれの大阪育ち」の私としては、もし、関西以外の街の友達や外国の人に、
自分のそだった街の文化を紹介するとしたら迷いもせずに 「お好み焼き!」 と
言うだろう。それぐらい体に染み付たものだということで、(これはあくまでも私個人の大げさな見解にすぎませんが・・・笑)フロイトの言う無意識の世界に近い存在かもしれない。
意識せずとも、あのソースの匂い、あの鉄板のジュウジュウと言う音を聞けば、おのず
とよだれが出てくるのは私だけではないはずだ。
だいいち,あまりお好み焼きを嫌いだというのを聞いたことがない
野菜の嫌いな子供でさえ喜んで食べる,お母さんも助かる「万能食」とも言えるだろう。
そんなお好み焼きの歴史を紐解いてみると,はっきりとした歴史こそ
ないものの、中国の「煎餅(せんぴん)」に始まり,江戸時代にはあの千利休が懐石料理のひとつとして出していた「ふの焼き」にたどり着く。ここから
考えられるのは,遣唐使のお土産として持ち帰られた「煎餅」が,関西に
限らず日本中に伝わったということから,お好み焼きの味というのは、
関西人だけを奮い立たせるのではなくて、日本人なら誰でもが懐かしく
思う味だということだ。
お好み焼きの味といっても,一言では語り尽くせないほどたくさんの
種類がある。あえてここで表現したいのは,店の多さに伴う種類の多さ
ではなくて,家庭の味であり,それほど身近な食べ物であるということを
言いたい。この家庭の味を関西弁で言うと、「コテコテの味」になるわけ
だが大阪の文化は何かしらこの「コテコテ」に集約されるような気がする。
そういう経緯があるせいか,お好み焼きがコテコテ文化の象徴のように
思っている関西人は少なくないと思う。
お好み焼きは「粉もん文化」の代表だと先ほど述べたのは、一般的な考え
に基づいてであるが、最近、その考えを覆されることが起きた。
その出来事というのは、何を隠そう私のアルバイト先である
「お好み焼き 陽風み」で起きた。
私のアルバイト先のお好み焼きはいわゆる「つなぎ」が???????と
いうことに気がついた。「粉もん」というのは、この「つなぎ」をイメージ
したところにあるはずだと思っていた私が,考えに考え抜いた結果,
ある結論に辿り着いた。「お好み焼きも進化している。」
お好み焼きが本格的な食産業として発展したのは,第二次世界大戦後
で,半世紀も経っていない。しかし どんどんその様子は変わってきて
いる。「粉もん」から今や「健康食」とまで進化を遂げたお好み焼き。
私たちの生活に切っても切り離せない存在になり,これからもその関係は
続いていくだろう。
余計ではあるが、もしかしたら このみんなに愛されるお好み焼き
こそ、低迷する経済に何かいいヒントや力をくれそうな気がする。
大阪の「コテコテ文化」を象徴するお好み焼きが活性剤となるかどうか、
救世主となるかどうかは別として、「太田知事、そう思いませんか?」と
投げかけたくなるのは私だけだろうか・・・・・